花の盛りの御殿山は、海の眺望と桜花を同時に楽しもうとする人々で賑わった。広重が満開の桜の情景を繰り返し描いたのに対し、北斎の桜は「冨嶽三十六景」中、本図のみで、ひときわ華やかな一枚である。北斎の興味は満開の桜の情緒よりも、花見客の表情やしぐさに注がれている。画面左下に描かれた品川宿の折り重なるような瓦屋根の造形も独特である。子どもが背負った風呂敷に、版元西村屋の紋、山に三つ巴が添えられている。
※品川(東京都品川区)
…東海道に面した御殿山には、17世紀に将軍家の品川御殿が置かれ、その後、寛文年間(1661-1673)から桜の植樹が行われ、十八世紀には徳川吉宗によって園地として整備された。その後、幕末の御台場建築や明治初頭の鉄道建設で切り崩され、現在は景観を失っている。麓の建物は、東海道品川宿三宿の一つ北品川宿内にあった時宗の善福寺、天台宗の養願寺と考えられる。右側の町屋は東海寺などの門前町と考えられている。
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