16 巨富を動かす
幕末期に生糸取引で活躍した甲州屋忠右衛門や、のちに甲州財閥として巨富を動かした若尾逸平らの人物像に迫り、甲州から出発した彼らの旺盛な行動力や積極性について紹介します。
また、甲州財閥の行った電気や鉄道をはじめとした町の基盤づくり事業が、現在の私たちのくらしに生きていることを紹介し、日本や山梨の近代化における彼らの事業の意義を明らかにします。
前のコーナーへ
次のコーナーへ
展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
機山公社殿建設規則(甲州文庫)
明治14年
(1881)
山梨県立博物館
前年・明治13年(1880)の明治天皇の巡幸を契機に巻き起こった武田神社創建運動の規則書と寄附金手続書。栗原信近らによって進められたが、結局実現しなかった。
武田神社奉建会趣意書(甲州文庫)
大正4年
(1915)
山梨県立博物館
大正4年(1915)に発足した武田神社奉建会の趣意書。総裁は県知事、会長は若尾民造(民造の没後は若尾謹之助)が就任し、明治以来進まなかった武田神社の創建は実現に向けて大きく動き出した。
勘左衛門宛武田神社奉建会評議員委嘱状及同会の趣意書(関本家文書)
大正6年
(1917)
山梨県立博物館
武田神社奉建会の趣意書と評議員委嘱状。
甲府市三十年史(甲州文庫)
大正7年
(1918)
山梨県立博物館
甲府市の市制30周年のために刊行された記念誌。甲府市の市制は明治22年(1889)7月1日。山梨県初期の県立(市立)公園として、現存する遊亀、舞鶴とともに、翌年に武田神社となる躑躅ヶ崎公園の名が記されている。
武田神社写真帖(甲州文庫)
昭和13年
(1938)
山梨県立博物館
創建された武田神社の写真帳。
若尾逸平ミニチュア
明治〜大正時代
山梨県立博物館
甲府市愛宕山に若尾の米寿記念に建てられた寿像(写真小川一眞、原型河村嘉祥、鋳造漆原新七 『若尾逸平』より。現存せず。南アルプス市に再建銅像が所在。)と同様のミニチュア。像からも小柄な老人であること、右足を踏み出すポーズから、溢れ出る行動力が想起される。明治40年(1907)の銅像建設時、あるいは大正時代の若尾公園の造営時の記念品であろうか。
前のコーナーへ
次のコーナーへ
ページトップへ
ご意見・ご感想
このサイトについて
個人情報保護方針