山梨県立博物館 かいじあむ
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13 江戸文化の往来

 
「戦国からのメッセージ」展示室写真
 甲斐は江戸に近く、物流や人々の往来が活発で、常に最新の江戸文化が流入しました。往来した人々による記録、甲斐に残された書画、学問や文芸などを紹介し、武士や町人がそれらを育み、甲斐に花開かせていった様子を明らかにします。

展示資料
資料名
時代
所有
指定
資料解説
大日本六十余州之内 甲斐 八重垣姫
(2月19日(水)〜3月17日(月))
天保14〜弘化4年
(1843〜47)
山梨県立博物館   『本朝廿四孝』の四段目が題材となっている。八重垣姫が勝頼の窮地を救うため、謙信の館にあった諏訪法性の兜を盗み出し、霊狐とともに凍った諏訪湖を渡る場面(「狐火」)が表されている。作者の三代歌川豊国(国貞)は江戸時代後期に活躍した浮世絵師で、役者絵から美人画まで多くの作例を残した。
役者絵 武田勝頼・八重垣姫
(2月19日(水)〜3月17日(月))
明治28年
(1895)
山梨県立博物館   『本朝廿四孝』の第四段が題材となった錦絵。四代目中村芝翫演じる武田勝頼と、三代目沢村田之助演じる八重垣姫が描かれている。作者の歌川国明は三代歌川豊国(国貞)の門人で、江戸時代末頃に作例を残している。
八重垣姫 助高屋高助
(3月19日(水)〜4月21日(月))
明治14年
(1881)
山梨県立博物館   明治期に活躍した浮世絵師、守川周重による錦絵。歌舞伎の演目である『本朝廿四孝』の四段目が題材となっており、八重垣姫が勝頼の窮地を救うため、謙信の館にあった諏訪法性の兜を盗み出し、霊狐とともに凍った諏訪湖を渡る場面(「狐火」)が表されている。
天正八年上州膳の城攻め
(2月19日(水)〜3月17日(月))
元治元年
(1864)
山梨県立博物館   歌川芳虎(生没年未詳)の筆による錦絵。天正8年、武田勝頼が上野国膳城を攻撃した時の様子が描かれている。この際、勝頼は甲冑をまとわず攻め落としたとされており、そこから「素肌攻め」などと言われている。大砲から激しく弾が発射される描写が独特である。
長篠合戦 山縣三郎兵衛討死之圖 (3月19日(水)〜4月21日(月)) 慶応4年
(1868)
山梨県立博物館   作者の月岡芳年は幕末から明治にかけて活躍した浮世絵師。本作は、天正3年(1575)に勃発した武田勝頼と織田信長軍との戦いである長篠合戦の様子が描かれている。
武田廿四将肖像 江戸時代 山梨県立博物館   武田信玄とその家臣23人を描いた絵図。摺物として数多く制作され、庶民に頒布されたものと思われる。作者は浮世絵師の北尾重政。
甲州二十四将之肖像
(2月19日(水)〜3月17日(月))
天保14〜弘化4年
(1843〜47)
山梨県立博物館   武田信玄を中心に据えた、武田二十四将の集合武将図のひとつ。黒の濃淡を基調とした画面構成を取った上で、全体的に落ち着いた様相を呈している。本作を描いた歌川貞秀は、俯瞰構図を取り込んだ精密な風景画等を巧みに描いた他、横浜絵の第一人者としても知られている。
武田二十四将画像 (3月19日(水)〜4月21日(月)) 万延元年
(1860)
山梨県立博物館   作者の芳艶は主に幕末に活躍した浮世絵師で、武者絵、合戦絵、美人画等を残した。本作は他の二十四将図と同様、信玄が中心に描かれているが、周りを取り囲む武将たちが隙間なく描かれている点が特徴である。
武田二十四将画像(2月19日(水)〜3月17日(月)) 嘉永5年
(1852)
山梨県立博物館   錦絵を縦に2枚つなげた画面の中に、武田二十四将図が描かれてる。こうした形態は掛物絵(錦絵に表装を施し、床の間などにかけて掛軸の代わりに鑑賞したもの)であったと考えられ、本作も掛軸の代替品としてつくられたものと考えられる。作者の歌川芳員ははじめ武者絵や合戦絵を描いたが、横浜絵の代表的な絵師として位置づけられている。
武田二十四将図 (3月19日(水)〜4月21日(月)) 江戸時代 山梨県立博物館   最も古い作例のひとつと考えられている、丹絵(墨で摺った輪郭線だけの版画に手彩色で色を加えたもの)の武田二十四将図。江戸時代前期に役者絵を始めた鳥居派の祖、初代清信が描いた画像。信玄を上部中心に描き、以下23名を左右に配置している。信玄や逍遥軒信綱の顔立ちは、清信が得意とした初代市川団十郎の役者絵の顔を用いており、武田二十四将図が人々の間に広まっていく過程がうかがわれる。
千円札 令和6年
(2024)
山梨県立博物館   令和6年(2024)7月3日に改刷された3券種のうち、AA000009AAの若い記番号が振られた千円札。表面には北里柴三郎が、裏面は浮世絵師、葛飾北斎による「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」をもとに、デザインがなされている。
塩瀬村絵図 文化3年
(1806)
都留市 『甲斐国志』編纂の際に提出された塩瀬村(現大月市)の絵図。桂川下流域の右岸段丘上に位置し、南には山々が、北には桂川が渓谷を作っている。地図中に田と畑は確認できるものの、一戸あたりの平均耕作地面積が少なかったことから、蚕糸などが農家の副業で作られていたものと考えられる。


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